生活のハウツー

行きたくない旅行を断りたい。ほぼ強制された旅行の断り方はこれだ!

更新日:

旅行です。

本来、旅行とは楽しいものです。

旅先での出会いやその土地土地の名産品。

観光名所においしい食べ物。

ちょっとしたトラブルも旅のスパイスとなって楽しい。

旅とは本来楽しいものです。

ですが、学校や会社などで強制されてしまう場合があります。

小学校から高校までの遠足に修学旅行。

専門学校や大学に入って安心したかと思ったらサークル旅行。

卒業する際には卒業旅行だし

会社に入って一安心だと思ったら社員旅行だと・・・

ばかな・・・

私は普段の人間関係はイヤイヤお付き合いしてるんだぞ・・・

誘ってくるんじゃない・・・まして強制参加なんてあり得ない・・・

そんな想いをお持ちのかたもいらっしゃるかもしれません。

では、そのような旅行に参加しないためにはどうすればよいのでしょうか。

一緒に考えてみましょう。

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強制された旅行に行きたくない

旅行とは本来強制されるものではありません。

といいますか、人間のありとあらゆる行動は

責任を伴う自由の元に保障されております。

では旅行参加は自由を奪うほどの責任が在るなのか。

大義名分としては

「人間関係をよくしよう、コミュニケーションを深めよう」

とのことですが、

「なんということでしょう」

ですよ、まさに。

なぜならば

多くの人は普段の人間関係なんて仕方なく合わせているだけだからです。

学校で同じクラスになったから仕方なく

会社で隣の席だから仕方なく

たまたま同じサークルだから仕方なく

人間関係なんてそんなものなのですね、きっと。

そこを押さえずに「距離感を縮めよう、仲良くしよう」

というのは、ちょっといやダイブ違うかなあと思います。

そもそも学校や会社の旅行って

なぜに存在するのでしょうか?

確かに楽しい思い出を作れるかもしれない。

コミュニケーションが深まるかもしれない。

でも「かもしれない」なんですね、あくまで。

その「かもしれない」を打ち消すに余りある不安要素が

人間関係には潜んでいるわけです。

人間は基本的に自分の都合、ペースというものがあります。

もはや疑いようも無い事実です。

それを多くの人間で共有しなければならない旅行は

参加者にストレスを感じさせます。

いえ、いいんですよ。

成熟された穏やかな性格のご年配のかたがたであれば

まるく収まると思います。

でも、若者にとっては場合によっては厳しいこともあるでしょう。

・いじめっこがいる
・どうにもこうにもあいつはテンションが高くて合わない
・人によってペースが違いすぎる。合わせられない。

などなどですね。

そもそも人間とは

昼前に起きてぼーっとして

昼飯を食べて

少しだけのんびりと働いて、

暗くなったら仕事を終わりにして

夕食を食べて歌や踊りを楽しんで

恋人と素敵な時間を過ごして

お風呂でのんびりして眠る。

そんな生活に憧れるものなのかもしれません。

そこにもってして

強制参加させられた旅行にてかっちりスケジュールを決められたら

嫌になるのも無理はないのではないでしょうか。

行きたくない旅行を断る断り方

仮病

もはや鉄板ですね。鉄板である故に何度も使えません。

なので。

ひとつの案としては、体調不良になる条件を普段から印象づけます。

・カレーを食べたら次の日は体調が悪くなる
・お酒を飲んだら次の日は・・・
・走ったら次の日は・・・

などと普段から印象がついていると

行きたくない旅行の前日に上記行動をすれば

次の日に体調が悪くなるのも自然である

との認識がまわりに生まれます。

問題は、なぜ体調が悪くなることを知りながら旅行直前にそれをしたのか

と聞かれた場合です。

その場合は「旅行が楽しみでテンションがあがりすぎてつい」

と言っておきましょう。

だいたい失笑されます。

別の予定が入った

別の予定がどれほど強制力があるかによります。

・法事や結婚式などそうそうない身内行事
・親戚の怪我や病気など
・音楽アーティストコンサートなどのプレミアムチケットがとれた

などが比較的強制力がある理由かと思います。

眠る

どうしても嫌ならベッドから出ない。

ベッドから出れない理由は「身体が起き上がらない」

でいきましょう。

周りの人は、うつ病になったのかもしれない、と心配することでしょう。

ポイントはそれまでにいかにうつ病になりそうな環境を作れるかどうかです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

人間には責任を伴う自由が保障されております。

なので行きたくない旅行には参加しなくてよい。

そう思います。

しかしながら学校や会社の旅行は強制力があるようにも思える。

強制力を感じる、その正体は、太古の時代より人間の脳に刻まれた

「みんなと一緒にいないと危ない」

という考えかたからきているのかもしれません。

では逆に。

一人でもなんとか生きていける、という自信を持てば

「みんなと一緒に居なければならない」

強制力の意識も薄まっていくのかもしれませんね。

それでは、また。

別の記事にてお会いいたしましょう。

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